運勢が悪いときに来た話、受ける?受けない?

こんにちは。
あかるい明日です。
気温が高くなってきて、新型コロナウイルスも少し落ち着いてきました。
もちろん今でも闘病中の方や、常に感染の危機に晒されている医療関係者の方々もおられるわけですが、秋~冬のインフルエンザとコロナウイルスの再流行に備えて、今は少し一息つく時期に充てられますように。
吉方旅行は極力マイクロツーリズムから始めて、くれぐれも注意して行ってください。

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運勢が悪いときに来た話、受ける?受けない?

てるてる坊主画像

さて、関東地方も梅雨入りした今日、新型コロナウイルスの東京アラートが解除になりました。
あの毒々しい赤いレインボーブリッジはあまりよいものではありませんでしたね。
歴史には残りそうですが・・・。

赤いレインボーブリッジ

さて、今日はクライアントさんからいただいた質問です。
内容は「運勢が悪いときに来た話は、受けるべきか断るべきか」という相談でしたので、テーマとしてとてもよかったこともあり、こちらで取り上げることにいたしました。

スキルアップイメージ画像

年間を通して運勢が低迷する時期に舞い込んだ昇進の話。
昇進の声がかかるのは嬉しいことだし、チャレンジしたい気持ちもあるのだけれど、いろいろとトラブルを招きそうで不安。
こんなときどうするべきか。

今回は仕事に関する話ですが、これが縁談だったり、旅行の誘いだったり、状況は違えど悩みどころは一緒だったりします。

また少し違った形で、「子供が恋人と相性が悪いとき、別れさせるべきか?」という相談にも通じるところがあります。

どう捉えるか

まず今回のクライアントさんのケースでは、年盤で凶星がかかっているため、年の運気が低い状態にあります。

やはりそういう運勢のタイミングで来た話は、慎重になった方がいいことは間違いありません。

ただ、必ずしもすべてを断る必要があるかというとそんなことはなく、まず、その話が来た時の月の運勢がどうだったかという点があります。

月の運勢も凶星がかかっている場合はさらに警戒する必要があるわけですが、良い時期に来た話なのであれば、差し当たりは大丈夫でしょう。
旅行などの短期の話なのであれば、乗っても問題ないと思います。
仕事でも期間の定まっている案件なのであれば、受けて構わないと思います。

縁談のときは、話が来たタイミング以上に相性が大事ですので、いずれにしてもまずは相性診断からがよいと思います。

さてでは、年の運気も月の運気も悪いときに永続的な昇進の話が来た場合は、断るべきでしょうか?

はてなマーク
これもまたそうとは言えず、その先の運勢も加味して決めるべきです。
年の運勢のもっとも悪い時期を抜けている、というケースもありますし、何よりも翌年運気が一気に上がるなんて場合は、助走期間に使えることがあるからです。

状況が悪いときは、先延ばしが可能なら断った方がいいこともありますし、まず断れないなんて場合には、どんなことに気を付けながらやって行けばよいか、予め星から判断して慎重に臨んで行くというやり方になると思います。

ですので、言ってしまえばケースバイケースとなるわけですが、このように状況に応じて対応していくという対処法が使えるのは、これは本人にその話が来た時だけです。

人の人生には干渉しない

とても大事なことなのですが、例えば自分以外の誰か、夫や子供、友人などにそういった話が来たとき。
その人自身が占いに頼りたいと言っているなら別ですが、そうでないならば、その時は決して、干渉してはいけません。
先に書いた、「子供が恋人と相性が悪いとき」もそうです。

自分以外の人のことは、コントロールできません。
構うべきではないのです。
その人にはその人の人生の課題があり、そこで学ぶべきことがあるからです。

そもそもなぜ夫や子供のことを「心配」してしまうのでしょう。

「心配」というのは相手のことを信用していない証です。

心配は自分を守るため

心配を愛情と思ってしまうことがあるのですが、そんな人は親や友人から「あなたのことが心配なのよ」といわれたときの気持ちを考えてみてください。
どんな気持ちになりますか?
相手は親身になってくれているのだからありがたいと思うのだけれど、少しもやっとした気持ちが残りませんか?

次に同じ状況で「あなたのことは信頼しているから大丈夫」と言われたら、勇気が湧いてきませんか?

ときに人は、心配を愛情と思ってしまうことがあるのですが、その心配を紐解いていくと、最終的に相手ではなく「自分が辛いから」という感情に行き着くと思います。

相手を心配するのは、実は自分を守るためです。

自分がその状態に耐えられないから不安になり、不安が心配という言葉に置き換わり、相手のためのように気持ちを転換してしまう、という心の働きがそこにあります。

いやいや、愛する家族に辛い思いをさせたくないだけ。当たり前のことでしょう?と思う方もいるかと思いますが、それも、少し気持ちを離して、相手の痛みを自分で引き受けようとせず「この人は、今、学んでいるのだな」と見守れるようになることです。

この、相手の痛みを引き受けてしまうというのも、すべてではないですが一種の依存と同じ場合があります。

痛みさえも、実はその人だけのものなのだと、ちょっと難しいかもしれませんが、どんなに近い間柄でも離れて考えることが必要です。

もっとも良くないのは、それによって相手が辛い思いをしたときに「ほら思った通りだ。だから心配したのに」という思考を持つことです。
これでは悪い予言と一緒です。
身近な人のそんな思いがそういう結果を招いたのかもしれませんよ。

さて、では運勢が悪かろうが相性が悪かろうが放っておけばいいのかといえば、本質的にはそれでいいのですが、でもやった方がいいことはあります。

してあげられること、やったほうがいいこと

まずは、相手がきっと上手くいくというイメージを常に持つことです。
できれば当たり前のように。

やってみると、心配している方がずっと心の状態が楽で、簡単だということがわかると思います。
相手を信頼し、信じ続けるというのは、それほど簡単ではありません。

相手を心配するのは自分を守るためと先ほど書きましたが、辿り着けば結局、自分を信頼できていないことが原因ということもあります。

肝っ玉母さんというのが昔はたくさんいました。
今は本当にいなくなりましたね。
それだけ人が弱くなっているのだと思います。
日本が自殺大国なのも、自分と人を信頼する強さが、どんどん失われているからかもしれません。

さて、まだまだできることはあります。
相手が上手くいくというイメージを持つほかに、その人のために毎日神社に詣でたり、毎日お経を唱えたり、毎日祈ったりなど、たまに神社に行って神頼みするとかでなく、しっかり約束事を決めて、「行」を行うことです。

自分の願いを叶えるための願掛けと同じ行いを、その人のためにやることです。
熱心に、まじめに、欠かさず。

そしてそれを、相手には言わずに隠れてやることです。
(これは隠徳である必要があります)

心配心配といいながら、そう聞かされると「え・・・」となる人もいます。
そこで「え・・・」と思ったときは、本当は心配しているのではなく、相手をコントルールしたいだけだったり、自分が楽な方へ思考を傾けていただけなのだと気付くべきです。

本人がやらなくて効果があるのかと思うかもしれませんが、当の本人が求めていないことなら、それをやらせるのはやはりコントロールと同じです。やらせる側の自己満足です。

そんなことよりも、「私がしっかり神頼みしてくるから、あなたはあなたの課題に自分なりに向かって行けばいい」と心から思って行動してください。
本当に必要なのはなんだったのか、それがわかると思います。

特に子供さんに対しては、「心配」を愛情で当たり前のことだと思って、その実自分の思うように育てたいだけという方がおられるので、そういう思いを受け取らなければならない子供は不憫です。

自分自身が大きな視点を持てるようにならなければなりません。

子どもが道を踏み外すかもしれない。
結婚に失敗するかもしれない。
学校で苛められるかもしれない。

どんな道を歩もうと、それが本当に例えどんな道であろうと、その人は、自分の人生の課題をクリアしようとしているに過ぎないこと。

親の仕事は、子供の邪魔をしないことと、子供に勇気を与えることです。

不安を伝えるのではなく、お父さんとお母さんが信頼してくれているという安心感を子供に与えることです。
そして子供が助けを求めてきたら、全力で支えになることです。

そして実はこれは、人間関係全てに共通することだったりします。

例え誰であれ、困難のない人生なんて、ありません。

「心配よりも信頼」を常に心に置いてもらえたらと思います。

追記

この記事をアップしたあと、ご相談をいただいたクライアントさんから丁寧なお礼のメールを頂戴しました。

いつも前を向こうと頑張っておられて、気学も、運気や人生をどうにかしたいというよりも、人生をよりよくするために参考にしていきたいというスタンスの方です。

基本姿勢ができている方なので、だいたいいつも安心しているのですが、ときどき迷ったときに相談したくなるようです。

いつも賢く、正しい方だなと思います。

現存で私が尊敬する人の一人に、立花大敬先生という方がいます。
先生というのは偉い人ということではなく、本当に学校の先生をしていた方なのですが、とてもユニークな経歴の方です。

この方は禅のご出身なのですが、出家は途中で止めて、養いの坐禅を行う一般向けの集まりを定期的に開催されています。

言葉の星がついているだけあって出版や講演に天性の才能があり、ご自身も「言葉の役目がある」と仰っています。

さて、そんな立花大敬先生の言葉で、私がもっとも好きな言葉があります。

それは「どこまでも伸びて行こう、広がって行こうとするのが命の根源意志」という言葉です。

植物も動物も、命あるものは成長することを止めることはありません。
どんな環境にあっても種は芽を出そうとし、芽が出れば葉を伸ばそうとします。
根が伸びた先に障害物があっても、そこで伸びるのを止めたりはせず、障害物に沿うように這うように、進むことができる道を探そうとする。

私がこのことを強く感じたのは以前、障害のある子たちに携わる仕事をしていた頃です。

彼らは健常の子たちと同じことをするのがとても難しく、一見するとサポートが必要な弱者のように思われます。

でも決してそんなことばかりではなく、ゆっくりでも確実にできることを増やしていく姿に、喜び感動する日々を過ごしていました。

すでに大人になり、これから先何が成長するでもない自分でも、この子たちのようにありたいと強く思っていたころに出会った言葉でした。

ご相談をいただいたクライアントさんは、「理解はできるけどうまく行動に移せない」と書いていました。
それはもう当たり前のことで、だからこそ学びなのだともいえます。

大敬先生のような方でも、ちょっとしたことで「カチン」ときたりすることがあるそうです。
そんなときはお経を唱えたりして心を落ち着けて臨むそうです。
禅の修行をして一度は仏門に入った方でもそうですから、いわんや私たちなど、です。

私の感覚的なものですが、東洋占星術の扉を叩く人というのは、どちらかというと本質的に精神的な成長を求める方が多いように感じます。
西洋とは宗教感覚が違うことが理由かもしれません。
これ以上書いても長くなるのでこの辺りで止めておきますが、クライアントさんが送ってくれた返信を読みながら、この方も「ただただ伸びよう、広がろうとしているのだな」と感じたので、追記させていただきました。

最後にこのご相談の結末は、結果、星周り通りの展開となりました。
詳しくはクライアントさんだけにお伝えしますが、九星の星周りというのは法則があって単純に見えて、まったく侮れないものだなと思います。

それでは、またいずれ。

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